バーボン・ディストリクト? – バーボンを核としたツーリズム
こんにちは、Takaです。
これまで6回に渡りケンタッキー州のバーボントレイルや個別の蒸留所についてご紹介してきました。うち2回は都市型の蒸留所についてご紹介し、その中でバーボン・ディストリクトという概念があることについても触れました。
そこで今回はケンタッキー州ルイヴィル市内の「バーボン・ディストリクト」についてもう少し詳しく見てみたいと思います。
バーボン・ディストリクト(Bourbon District)
ルイヴィル市内中心部には「バーボン・ディストリクト」と呼ばれるエリアがあります。
近年アメリカで好調なバーボン消費を追い風として、かつてバーボン関連産業で栄えたルイヴィル市内の当該エリアを「バーボン」を軸に再度活性化しよう、発展させようという取り組みです。
この取り組みの鍵は官民連携にあり、以下の団体が中心的な役割を担っています。
団体・組織名 | 主な役割・ビジョン |
---|---|
Louisville Downtown Partnership | 商業発展、プレイスメイキングを通じた公共空間の賑わい創出、住みやすい・働きやすい街づくりを通じたダウンタウンの繁栄 |
Louisville Metro Government | ルイヴィス市行政。規制緩和やインセンティブの付与など |
Louisville Convention and Visitors Bureau | 国内外からの観光客や国際会議を始めとしたMICEの誘致など |
Downtown’s Bourbon industry | バーボン産業界。蒸留所の整備、運営など |
事実、これまでにご紹介したエンジェルズエンヴィ蒸留所、オールドフォレスター蒸留所はそれぞれ2016年、2018年に整備されるなど、蒸留所を軸とした観光開発が加速していることがお分かり頂けるかと思います。
ニューヨークに行かれたことがある方は「シアター・ディストリクト(Theater District)」を思い浮かべて頂くと分かりやすいと思います。これはミュージカルで有名なブロードウェイ、その他劇場、映画館、レストラン、ホテルといったアセットが集積するミッドタウン・マンハッタンの一地区ですね。
同様に、ルイヴィルのバーボン・ディストリクトにもバーボン蒸留所、博物館、コンベンション施設やホテルといったアセットが集積しています。
そんなこんなでバーボンとツーリズムを掛け合わせた造語「バーボニズム(Bourbonism)」という言葉も生まれたほど。個人的にはルイヴィルのまちの成り立ち、コンパクトでウォーカブルな特徴からバーボンとアーバニズムの掛け算として捉えても評価できるなと思っています。
以下では簡単なビジュアル化を通じ、都市計画・デザイン的にどうなっているのかをみてみたいと思います。
ビジュアルで見るバーボニズム
では、早速見ていきましょう。
都市構造を理解するためにレイヤーを一つずつ重ねる形で見ていきます。
徒歩30分圏内に7つの蒸留所?
これは川と道路ネットワークのみを可視化したもの。ルイヴィルがオハイオ川沿いの街であること、そしてグリッド状の都市構造であることが分かりますね。
ご参考までに、日本だと京都、グローバルだとニューヨーク、バルセロナなどがグリッドの街区計画、デザインで有名ですね。
ざっと図ったところ、1ブロックが約140m四方で計画されているようです。これは、ジェイン・ジェイコブズが『アメリカ大都市の死と生』の中で唱えた都市的多様性の4条件の1つ、「短い街区」の性質を満たします。
人々に使われ賑わいが生まれるには、街路は短く、角を曲がる機会が多く生まれるような設計でなければならないというのが彼女の主張でした。この本はアーバニスト必読の一冊ですので、都市やまちづくりに関わる方は是非読まれて下さい。
建築物のフットプリントを追加してみました。大小はあれど高密度化されていることがわかりますね。
ルイヴィルは都市計画規制がきちんとなされていることでも有名です。ダウンタウンはC3のゾーニングに加えてオーバーレイもかかっています。
またルイヴィル市は、Form Based Code(FBC)的制度であるForm Districtを市街地環境の整備に導入したことでも有名です。クイックに捕捉しておくと、FBCとはニューアーバニズムが台頭する中で郊外の新規開発抑制の文脈で出てきた規制です。
と言われても、専門じゃない方からすると「なんやそれ?」てな感じだと思います。笑
簡単に言うと、従来の土地利用ではなく建物のフォーム(=物理的形態)、即ち高さ、美しさ、セットバックなどの詳細要件を規定・規制することで、統一感のある街路空間、公共空間の創出を主眼とする都市デザイン的アプローチです。ちなみに、初めてきちんとしたFBC規制がとられたのはフロリダです。
加えて、オールドルイヴィルと呼ばれるビクトリア様式の建築群が並ぶ歴史あるエリアでは、歴史的建築物保存のための規制があったりとトップダウンの規制もしっかりなされています。
主要な建築群をハイライトしてみました。KFCヤムセンター、ルイヴィルスラッガーフィールドとケンタッキー国際コンベンションセンターになります。
蒸留所を黄色でハイライトしてみました。
ルイヴィル市内には現在7つの蒸留所があります。
7つの蒸留所のうち5つは通称ウィスキーロー(Whiskey Row)と呼ばれるメインストリート(Main Street)沿いにあります。
このウィスキーロー、禁酒法時代前には約50もの蒸留所が操業していたバーボン産業の一大拠点だったのです。オハイオ川への近接性を享受するためですね。蒸留製造されたバーボンはオハイオ川からアメリカ各地に運搬されていました。
ケンタッキー州で初めて商業的な生産を行った蒸留所、エヴァンウィリアムズ(Evan Williams)や、前回ご紹介したオールドフォレスター、エンジェルズエンヴィもこの通り沿いにありますよ。
KFCヤムセンター近くを中心として徒歩5分、10分、15分圏内のエリアを見てみました。
徒歩5分では1つ、10分で3つ、15分で7つ全てにリーチすることができます。即ち30分あれば左端から右端の蒸留所まで歩ける距離感のエリアだということです。
各蒸留所を拠点とし、実際に街路空間をつたって徒歩5分でリーチできるエリアを薄い黄色で重ねてみました。所謂Walkshed Analysisと呼ばれるものです。先ほどの簡易な円に加えて当分析を行うことで、実際にアクセスできるエリアが分かります。
この圏内にどれだけのリテールがある、どれだけの人が住んでいるといった統計を取ることも可能ですが、今回は割愛しています。
最後におまけ程度に自転車ネットワークを重ねました。オレンジ色の線になります。市街地のみならずリバーフロントにもきちんとネットワークが整備されており、バイカーフレンドリーであることが一目瞭然ですね。
ここまでビジュアルを通して見てきた通り、ルイヴィルは本当にウォーカブルな街です。
上記の写真を見て頂けるとお分かり頂けるように、歩道が広く豊かに取られていて、人々が憩うためのベンチや街路空間がきちんとアクティベートされている印象を受けました。
また街中にお洒落なアートもちらほらと置かれていて、ビジターのみならずそこに住まうローカルの人々も楽しめる街になっている印象を受けました。
統一されたサイン計画に見るブランディング
(エヴァンウィリアムズ前のサイネージ)
バーボン・ディストリクトにはお洒落なサイネージ(標識)が多数設置されています。
バーボン、ウイスキーの琥珀色を想起させる黄色、オレンジ色と黒のコントラスト。
なんとも憎いカラーリングですよね。
こういった標識が至るところにあるので、訪れる人は迷うことなく街歩きを楽しめます。加えて、統一されたブランディングは訪問者を「バーボン・ディストリクト」世界に内包することに成功しています。
伊丹市の酒蔵通りへのインプリケーション
余談ですが、私の出身地である(有村架純の出身地でもある)兵庫県伊丹市は清酒発祥の地として知られ、酒蔵通りなるものがあります。
かつては酒造業で栄えた街、江戸時代には70軒を超える酒造家があったそうです。
小学校時代には酒造見学もありました。
現在は『山は富士、酒は白雪』で知られる小西酒造、花のお江戸で御免酒(官用酒)として重用された老松酒造の2つの酒蔵が残るのみとなっています。
私が幼い頃には大手柄酒造の酒蔵(南蔵)もありました。祖母が『大手柄さん』と親しみを込めて呼んでいたことをよく覚えています。大手柄は廃業を経て三軒寺前プラザの用地となり、伊丹市による土地区画整理で取り壊されました。ブランド自体は白雪酒造によって2009年に復活しました。
実は私の祖母の家もこの辺りにあったのですが、取り壊しとなりました。幼かったので分かりませんでしたが、少し前に両親と話した際に土地区画整理で取り壊しになったのだと聞かされました。小さい頃のこの原体験も、私の今の「都市空間」、「都市と人とのかかわり」に対する興味の源泉の一部を占めているのかもしれません。
さてこの伊丹酒蔵通りですが、正直もったいないなと思っています。まだまだやりようがあります。
街路空間は豊かで建築群のデザインの統一感も意識されてはいるものの、バーボン・ディストリクトほど観光客は訪れていないのが実際のところ。大手カフェチェーンの立地と、それを訪れる人々のための駐車スペースとして小西酒造の多くの土地が供されています。私有地なので収益性の観点からは理解できるのですが、職業都市プランナーとしてはプレイスメイキング等も含めもう少し活性化できればと思うのが率直なところ。
ルイヴィル市もかつてバーボン産業の衰退を経験しつつも、昨今のバーボン人気を追い風に、官民連携でバーボン・ディストリクト再生に成功しました。伊丹市が全く同じ道を歩む必要があるとは思いませんが、一つのケーススタディとしては参考になると考えています。もちろん、日本の他の地域にも参考になる部分があると思います。
伊丹市の酒蔵通りに関しては一地元出身者として引き続き動向を注視しつつ、お手伝いできることはしていきたいと考えています。
最後に
バーボン・ディストリクト、そしてバーボニズム。いかがでしょうか?
京阪神の文化・集客施設に関する考察の際にも書きましたが、見えないものを見えるようにするとまではいかなくても、見えにくいものを見えやすいようにできれば色々な面白いことが見えてきます。そこにデザイン、ビジュアライゼーションの力があります。
これから蒸留所を訪問される方にとって、また都市計画や都市デザインに興味のある方々に少しでも参考になる情報や考察が提供できていれば嬉しく思います。
これまでのバーボン関連記事も以下に列挙しておきますので、併せてお読みください。
一つ目が総論、他は各論、個別蒸留所の訪問記事になっています。
最後までお読み頂き、有難うございました。
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